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地方創生の提案提言3

消え行く町、生き残ル町

「地権者の権利」が「発展の足かせ」になる

日本は「土地所有権」が絶対的権利であって、社会事情でその土地周辺が便利に開発された影響で所有地の評価が上がった場合、
利得は開発には非協力だった土地所有者のものになる。
昔「成田空港整備計画」に反対して世の中は騒然とした。しかしそのお陰で空港周辺は都市化して土地の評価は上がった様に、
土地の価値は極めて社会性が強い訳です。
こういった欧米の「土地に関する考え方」はどんな風なんだろう。

日本は農耕民族の国で、「水田」がすなわち幸せの源であった。
戦国時代、武将が支配した水田の面積でその支配規模を認識した。
武将が砦を作ると、石垣は武将の城だけを囲んで防護し、家臣はその周りに居を構えて更にその周りを石垣で囲う。
内側の掘りを「内堀」、外側の掘りを「外堀」と言ってその中を「丸の内」と言う。やがて城下町が出来て町民が集まるが、
町民を外敵から守る囲いは無い。
支配地域は何万石と表現する米の採れ高で計った。(米本位制?)水田ですから斜面(法面)は面積としてカウントしない。
土地は水平である事に価値が有る。
一方西洋では、王様を中心にして、市民も一緒に囲んでその大きな外側に難攻不落な城壁を作る。でその中は「コミューン」と言い
王様を中心として暮らし易いルールを作る。
市民が占有する家屋の床面積に応じて税金を集める為、市民の家は1階が2階より少し小さい。
石垣の外はジプシーと言う「流浪の民」や魔法使いやオオカミ達が棲む治安の保証外のエリアである。
やがて城同士の間で駅馬車が通うようになると、城壁の外に「ステーション」が出来る。すると今度はステーションを中心に
町が発展をして大きな街が出来て来た。
西洋の街の出来るプロセスであるが、この城の中で秩序よく暮らす為のルールが「憲法」であり納税と兵役は市民の義務であった。
それで市民は軍隊をどうコントロールするかが非常に関心事になる。それが「シビリアンコントロール」と言う事なんだろう。
この場合の「市民」は、日本の「横浜市民」と言うような行政区住民の名称とは違うものだろう。伝統的に「社会性」が
小さい時から芽生えて暮らしの中に
定着している。日本の様に行政や政治には無関心では無い。
日本の場合は、武器を持つ「お上」は農作物を搾取され続けるだけの存在であって戦になったら何も守ってはくれない。、
織田信長も徳川家康も町民を守る事は頭の中には無かった。
もし財産が有れば出来るだけ隠して、自分の田畑が犯されない様に境界線にこだわる。何ごとでも「お上」には逆らわない様に生きて来た。
最近「ふるさと納税」と言うのが流行っているが、あれは寄付をすると所得税が95%ほど控除される為、
ふるさとからの「お礼の品」分だけ徳をすると言う事かと思うが、
もしこれが無制限に流行れば、所得税の大きな減収になり社会が損をする訳ですが、勿論そんな事は知ったこっちゃ無い様に
「社会性」と言う事には誰も頭には無い。
今でも税務署に調べられて脱税が発覚すれば、自分の非力を反省して、来年はもっと巧妙に節税に励む。
文化も金勘定も何もかも「米」を中心にして生活や経済が育まれて来た。1年を通して日本の習慣は「米」がらみで
秋の祭りは豊穣を神様に感謝するイベントだ。
特に戦後「土地所有」は地権者の絶対的権利として保証されて来た。
今は例え「お上」と言えども個人の土地所有地に「ああだこうだ」の利用方法の注文は出来ない。
その土地の評価は社会のお陰なんだが、その土地をどう利用するかは所有者に
任せられている。欧米ではここが根本的に違う様で、まず土地の使い方は「社会の計画(社会性)」が優先する様だ。
概して日本の地権者は旧来的な感覚でオシャレ感覚には疎いので時代に合った開発計画には理解が無い。
仮に計画の価値を分かっていても、一旦は非協力的なポーズを見せて「ゴネ得」を考える。
ゴネて計画が他の地区に移って、その土地での計画が頓挫すれば元もこも無くなる訳だが、
そう言う合理的な競争原理を従来の行政では考えない。
最初に「この土地で計画有りき」でひたすら「地元地権者の皆様のご理解と御協力を」の一辺倒だ。計画の候補地をいくつか挙げて
「早く協力する所に計画を決める」掛け引きが無い。
当然大きな土地持ちと、土地は借りてるだけの農家と歴史経過と共に自然と格差は出てくる。戦後それではまずいと「農地解放」がなされて
戦後暫くは「1億総中流」となり、
ビートたけしには「日本は世界で唯一共産主義が成功した国」と言わしめた。
が、バブルが弾けるとまた「地方格差、所得格差」が目立つ様になった。この間僅か30年の間である。

江ノ島のビーチとベトナムのビーチ

砂浜を「白砂青松」と言いますが、お世辞にもそうは見えない泥の様な浜辺です。
外人さんは早くから湘南では無く伊豆の下田まで足を伸ばして余暇を楽しむらしい。いや沖縄やグアム迄飛んだ方が早いか。
比較であえてべトナミのビーチを並べました。
日本中同じ問題ですが、地方活性化は地元地権者や政府の感覚では無く、AKB世代の若い女性の感覚にシフトしていない問題と言い続けて来ました。
ビーチの雰囲気を見ると、やがて湘南の浜辺も若い人達から人気が無くなり衰退するのかも知れません。

江ノ島のビーチ
江ノ島のビーチ

東京圏ではこの海岸は夏の間、若い海水浴客で賑わう。古くは加山勇三や、桑田圭之のサザンオールスターズのトレンディーなイメージだ。
しかし初めてそこへ行った印象は、砂浜の色は黒いし、何よりよしずばりのジュース等の販売所が、とても貧乏臭く想像していたイメージとは
大きく異なりガッカリした。
外国人の感想でも同じような意見をTVで聞いた事が有る。確かにここには遊びが好きな外国人の姿はあまり見かけない。
世界のビーチと言うものは、例えとして下にベトナムのビーチを並べてみた。ここが一番美しいと言う事では無く、
「ここでもこんなに美しい」と言う意味です。
初めてここを見てから数十年も経つが、今もそれは変わらない。
何故こうも貧しい風景なのか。理由は簡単です。海岸の権利は地元地権者が持っていて行政では何も指導出来ないからでしょう。
日本の個人のセンスは、企業のセンスとは異なり100年遅れている。「地方の商店街が今世紀なかばで消える」と書いている理由は
そう言う事です。消費者が寄り付かない。
衰退して行く商店街に補助金を付けているお役所のセンスも同様に時代遅れ。地権者のセンスというも常に時代遅れだ、
いや私に言わせて頂ければ政治家のセンスも似たようなものだ。
日本は土地を持つ権利(土地所有権)が絶対的権利で例え国であろうがこれは犯す事が出来ない。海岸部分も同じなんでしょう。
海の上もそうだと思います。
海岸を開発するとなると漁業保証に莫大なカネが動くのはそう言う事でしょう。
昔、首都圏で大きな国際空港が無い事が問題になり「成田空港」を作る事を国会で決めた。
しかしこれは地権者の同位を得たものでは無かった。
それで大騒ぎになって、反体制的な思想にかぶれる多くの学生達が加わってスッタモンダの騒ぎでした。
時代が終盤になると監督官庁である国土交通省の大臣が、
社会党の大臣になるという誠に奇妙な事も有った。
ちなみに社会主義国ではこういう事は起きない。「ここに空港を作るぞ!」と決まれば、確実に予定通り作ってしまう。
何の問題も起きないのだろう。
様々な意味で、私はこの「地権者の権利」と言うものをなんとか変えない事には、日本の発展に極めて大きな障害になると昔から思って来た。
つまり国際レベルの改造が出来ない訳で、
それが致命的になって、若い層が日本から逃げ出すと言う憂いを感じます。今の地方衰退がやがて日本衰退になると言う事です。

ベトナムのビーチ
ベトナムのビーチ

まちづくりの課題は左脳で考えようとする日本人には不向きです。つまり天性の才能が無い。頭でっかちで難しい理屈を並べるが
「景色の設計」という概念がすっぽり欠落している。
世界とは異なり多くが戦後の都市計画も無く自然発生的に発展して来た。
「餅は餅屋」で、欧米の能力のある右脳的人材を活用すべきなのか。
当然「知恵の提供」には高いカネが掛かります。「知恵の提供」はタダと考える日本では無理か。

地方創生の提言-設計士直しの新国立競技場のデザイン
サハ・ハディド氏の案は「宇宙船が舞い降りたようだ」といって採用した筈が、工費が嵩むと言って設計し直した。
結局、設計し直しで新たに考えたものは「盗作」と訴えられた。
また「13億円の内1億何千万円がまだ未払いだ」とも言ってるらしい。まだまだ緒を引きそうだ。
私はこのデザイナーの創造性は日本の誰よりもユニークで評価はしているのだが・・。
私なら、細かい部分は省いた基本デザインで13億円では無く130万円で承るがなぁ・・。(笑) 設計者は「設計コンセプトが違う」と言っているらしい。訳の分かった様な分から無い様な話だ。
形状が似ていれば普通は「似ている」と言うんだが・・。
宇宙船が「たわし」か「便座」に化けてしまった。最初の案の枝葉を取っただけで、ザハ氏からは「盗作だ」と揉めている。
更に今年になって、これには「聖火台が無い」と騒がれている。 恥ずかしい限りだ。設計は業界の大御所と言われる隈研吾。

更に今年の後述談は、
前都知事猪瀬 直樹氏 に依ると
ザハ案は屋根付きなので聖火台は外付けの予定だった。
ところがザハ案に屋根だけはずしたものが大成建設のA案だから、そのまま活用したので屋根がないだけで残りは同じ。
屋根をはずしてスタンドだけにしたのだから、そこで聖火台を入れなければ、とふつうなら思うはずだが・・。
考えられない無責任体質である。これは発注はJSCなので馳文科大臣がいけない、と組織委員会の森会長は怒っているが、待てよ、である。
森会長はA案に決まることを知っていたのだから、設計図を見て聖火台がないことに気づかないのがおかしい。眼が節穴だっただけではないか。
文科大臣か森組織会長の責任か、この二分法もおかしい。何のため遠藤五輪担当大臣がいるのか、である。
両者をコントロールし橋渡しの役割りは遠藤大臣の仕事なのだから。
いま揉めているのは、聖火台の費用を誰が払うか。政府(文科大臣)と組織委員会の綱引きで、双方が責任をなすりつけている。そして、
信じられない無責任体制は、森会長の存在に端を発している。
なぜなら馳文科大臣大臣も遠藤五輪担当大臣も森会長の配下として任命された経緯があったのだ。
だったら意思疎通をちゃんとやればよかったのだ。夢の東京五輪をこれ以上汚してもらいたくない。森会長は退陣したほうがよいのではないか。
昨年暮、トヨタ自動車の豊田章男社長が、「森が辞めるか、自分が辞めるか」と迫り、結局、副会長を辞めている。
当時、新聞はまったく真相に迫らず森会長のご機嫌をとっただけだった。
ため息が出るよ。聖火台を返してくれ!何とか間に合わせないと!

地方創生の提言-最初の新国立競技場のB案

一極集中緩和にはTVキー局の地方分散が効果的と思う。

徳島選出の後藤田議員の「NHKはいろんな不祥事を起こしており、千何百億円もかけて建て替えるのは冗談ではない」と迫った。
質問に高市大臣は2/15の予算委員会で「機能の地方分散により、地域の活性化に貢献していただきたい」と述べ、検討課題になりうるとの認識を示した。
大臣は8日と9日の衆院予算委員会で、「政治的に公平であること」を求めた放送法の違反を繰り返し、行政指導でも改善されないと判断した場合、
電波法76条に基づき電波停止を命じる可能性に言及したことが衝撃を広げているらしい。
政権政党が、送信停止や場所移転を決められるのかどうかは私には分かりませんが、
今後の成り行きには興味が有ります。

話はこれとは別ですが、「地方創生」対策には「放送キー局の地方移転」このぐらいの事考えないと・・と以前にも思った。
でも実際そうなると何処に移すかスッタモンダだろなぁ・・。

TV局A社キー局は大阪、TV局B社キー局は名古屋、TV局C社キー局は広島、TV局D社キー局は福岡、TV局E社キー局は札幌、TV局F社キー局は仙台、
他BS、CSは新潟、金沢、東京には敢えてキー局は無くする案を考えた。
TVキー局は若い層の文化の発信源であり、これは一極集中是正には相当な効果があると思う。

東京は周期的に大地震が必ず起きます。既にその危険期に入っているとも聞きます。省庁が地方移転をしないのなら、
まず閣議で「全省庁の在京禁止」にして
「永田町と霞ヶ関の福島移転」を決めれば、着いてこない省庁が沢山出て、日本各地にバラけると思うのですが、
こういうお考えには至らないのでしょうか? 2/19

地方創生_提案提言-中国のビル 地方創生_提案提言-クアラルンプールのビル
中国を侮るなかれ、日本より遥かに進んでいる部分も有るんですよ        クアラルンプールの「女性のハートを射抜く街づくり」
マレーシアに移住しているFB友達の話では、マレーシアの発展は今は一服状態で、
私の頭の中では日本は既にアジアの中の後進国です。これからベトナムとミャンマーが発展するという。
・・さて、日本はどうなんだ。

クアラルンプールのビル エストニアのタリン
マレーシアのペトロナスツインタワー                               エストニアのタリン

シルエット・ロマンス:♪恋する女は夢見たがりのいつもヒロイン〜 
つかの間の鏡に向かってアイペンシルの色を並べて迷うだけ〜♪ 女ならではの作詞が上手いなぁ・・来生えつこ

「女性のハートを射抜くまちづくり」こういう考え方が無いね、日本には。日本の地方にはもっと無い。
日本人の設計能力、創造能力は1ページ目下段でも書いたが私はレベルは低いと思う。
ある著明な建築家は何かと言うと「哲学・思想」と言っている。自分の評価を演出しているのだろう。
外国の設計者はこういう言い方はしないだろうと思う。ちなみに「ペトロナスツインタワー」の設計者はたしか女性で、
「設計モチーフはサインペン」と言っていた様に記憶している。

下はFaceBookでの会話です。
或、ハウスメーカーのモデルハウス。
時代遅れのデザインが売りのハウスメーカーが、何を間違ってか?僕達にモデルハウスの依頼が来た。
会社のイメージが変わっても構わないノと言う一言で受けた。
テーマはプロヴァンス!
決められた予算の中でならなんでもありノと云う理解の良さ。
ディスプレーは、家具も含めて全てプロヴァンスからインポート。
カタログでお気に入りの家具が見つかるも、余りにも価格が安過ぎで不安。
現地で見たら驚きましたよ!納得、全て採用ノ
写真は、お気に入りのブレックファースト用の折りたたみ式テーブル。
此の家具の為にダイニングに気合いを入れた。
なんとも良き時代ノ
FBの記述

提案2ページ目の最下段で、「多摩ニュータウンの現状」について書いたが、これも「住宅公団」と言う「左脳派」が計画したからであろう。
計画責任者やプランナーは「創造」をしているつもりだが、現実は若い女性が逃げ出して老人だけの寂しい住宅ゾーンになってしまった。
右肩下がりの日本の中でも「東京の郊外」と言う申し分ない立地でありながら、こういう惨状になる。
おそらく、日本中の公団、公社に依る団地が同様な状態だろう。左脳人間は「ものを創る」と言う事には不適任者です。
経験上「左脳派」には 「造形的創造性」はみじんも無い。これを新しいマンション郡に作り変えても30年経ないでまた女性に嫌われる事の繰り返しだろう。
ちなみに欧米では100年以上の住まいは当たり前です。
「左脳派」が考える事自体が大きな誤りなのだ。「左脳派」の男の感覚と若い女性の感覚の間には大きな乖離が有ると思う。
日本中のまちづくりが上手く行かないのも「左脳人間」が考えて来たからだと思います。

スイスでは「限界集落」などという言葉は無いだろう

スイスの村
スイスは山また山の山だらけです。山の上に国が有る、ここの人達は恐らく何百年もここに暮らしているだろう。
多分若い人は、都会に出ようとは思わないのだろう。日本の様に「限界集落」などとは言わないだろう。
キーワードは「美しい村」「ロマンチックな環境」だと思います。
若い層の定着は、考え方(コンセプト)やり方次第だと思います。

NewsPicksという、SNSの「日本の教育2020年問題」で書いた内容です。
勉強が得意ではない私が言うのもなんだが・・。
学校教育法第30条のフ2項の思考力、判断力、表現力の前に「創造力」が最重要!I
人間は「創造力」が有ってナンボです。「地方創生」「新国立競技場の設計」のゴタゴタ見ても解る創造性のお粗末さ。
「何年勉強しても使えない英語」「考え方が合ってても計算ミスで0点の数学」
「ストーリーが重要なのに年号数字を丸暗記させる歴史教育」などなど、日本の教育は間違っとる!I
特に「使えない英語教育」はこれからの日本発展の足かせになると思う。
言葉なんですから「文法」ではなく「ネイティブなヒヤリング、スピーキング」が当たり前。通じなければ言葉ではない。
文明開化の時代に西洋の学術書を翻訳する事とは時代が違う。
日本は世界の中の後進国です。
日本の第一線のビジネスマンが、爆買いに来日する中国のおばさん達よりレベルが低い。
私と同じ事を何十年も前から多くの人が指摘続けて来たが、いまだに考えを改めない頭の固さが問題だ。

下は或るSNSでの書き込みです。
地方へ移住の憂鬱

この提案3ページで、一貫して各地方の既存の街や村とは別の場所に、都会人が憧れる「テーマタウン計画」と言う事を提案して参りました。
今迄「地方創生」関連の記事を丹念に読むと、地方の名物「何とかせんべい」や「何とかまんじゅう」でまちおこしと言った記述が殆どだ。
四国の徳島県の上勝町?だったか「お婆ちゃんの葉っぱビジネス」には呆れた。世界の街づくり計画とは次元が違い過ぎる。
冒頭に日本の個人小売業は例外を除いて今世紀半ばには全滅すると書いた。また、日本の農業、林業、漁業は産業革命前の家内制手工業だとも書いた。
この動画を見て下さい。
上で、地方から若い女性が逃げ出すのは、「田舎」である事では無く、オシャレでは無い事だ。とも書いた。
私の考えるテーマタウンが、南フランスのプロバンスや、イギリスのコッツウォルやデンマークのお伽の国のようなコンセプトで村づくリをしたなら、
都会の30代の女性の多くがそんな田舎暮しに憧れて積極的に移住するだろうと書いている。
「ここは日本なんだから本格的洋風のタウン計画はおかしい」という意見が出るかも知れません。しかし、
今、日本人の多くが和服を着て生活していますか?和食も良いが、多くがハンバーガーやらフライドチキンやらステーキなどの食事も多いだろう。
「衣・食・住」とも洋風が多い。しかも洋服でもイタリア料理でも何でも本場よりオシャレに美味しく作らないと客は来ない時代だ。
音楽でも早い段階から「演歌」は永遠に右肩下がりだ。演歌などの文化が充満している地方は「洋楽」好きの若い女性からひどく嫌われる。
かなり前から、販売される分譲住宅で和風プランが有りますか?全部「曖昧な洋風プラン」だろう。
「東京の後期高齢者を地方に移す」と言う「姥捨て山論」が話題になりましたが、「その後期高齢者が他界した10年後の地方はどうなるか」は子供でも分かる。
私は更から村まるごと「本格的こだわり洋風」で造って都会人を全国各地に自らの希望で移住を図る。と言う内容の提案をしました。
当然、小中高等学校や充実した大きな病院も作る計画になります。同時に村全体を「観光資源」にしてしまう計画です。気が効いたプチホテルも造ります。
こういう考え方で半世紀前の勢いの有る昭和の時代に計画すべきであった。当然そう言う計画を然るべき誰かがやるだろうと思っておりました。が誰も考えていない。
そう言う計画に頭が行かないのは、日本人の左脳体質に有るとも書いている。
これからの日本は商品が売れなくなり、特に地方の住宅メーカーでは建築需要が無くなり、私は東南アジアやアフリカ、ブラジルなどに展開して、
生き残りを模索する企業も出るかも知れないとも思う。単身赴任では無く家族ごとの移住ならやがて日本人の多くが世界に散って、日本で暮らす事がダサイという
差別化が出来上がるかも知れないと危惧しています。1つのタワーマンションの中でも低層階の住民と高層階の住民とでさえ差別化が有ると言う。
世の中多くの事が年長者の男の感覚で決まって行くが、トレンドは常に若い女性の価値観から始まる。
「若い女性が逃げ出す国」「国際競争に負けた国」と言う意味だ。「地方衰退現象」が国単位で起きるかも知れない。
これを私は「第2の敗戦」と考えている。

同じくSNSの書き込みです。
保育園問題

人間は創造が出来てナンボ

海外移住の推移

海外移住はじわじわ増えるばかりで、減る事が無い。この傾向は強まるのだろうか、或は弱まるのだろうか? 2016年の今は131万人だそうです。
見込みの無いJターン、Iターンよりこの事実を直視しないといけないのに・・。

AKBが地方を活性化

相変わらず今も「地方活性化」の議論イベントは有る様ですが、バブル崩壊以後顕在化して来たこの深刻な問題を「文章」(文言)で議論しているから
いつ迄経っても解決策が見つからないのだと思います。討論ではディベート力が有る者の「抽象的」意見が勝ってしまう。しかし「抽象論」や「たてまえ論」では
会議が終わっても具体的に「こうすれば効果的なまちづくりが出来る」といった具来的イメージ(風景)は頭には浮かばない。
毎度同じ結果になるだろう。だから効果が無いばかりか更に地方の衰退は悪化して行く。
一方Googleは今年「都市をゼロから創る」と言う内容を発表した。或るサイトで昨年同じ発表を見た事が有る。きっと計画実現に自信が有るのでしょう。
「車の自動運転システム」と同じく必ず実現するだろう。
で日本とGoogle(アメリカ)とのこの大きな差は一体何なんだろう。
答えは、「文章至上主義」の日本とGoogle(アメリカ)の様に「視覚的に考える」国との差では無いだろうか?
会議のまん中に十人十色の「将来計画の望ましい姿の絵」を沢山並べて、「これはコストが掛かる」「これは実現性が難しい」「これは少し改善すれば可能かも」
などと率直な意見交換で更に良いプランを絵で示して討論をくり返して創り上げて行くのでは無いだろうか?
この場合では無いが外国の都市計画で絵を示して話し合う場面を見た記憶が有る。
霞ヶ関のお役人が文章をこね繰り廻した文書や言葉の「抽象論」や「たてまえ」は「美しい嘘」で、こんな討論では何も得るものは無いと思う。
現に何十年と日本の命運に関わる深刻な問題解決の妙案を見出せないでいる。
別の言い方をすると、文章しか思い付かない「左脳人間」と「視覚的に考える」創造が得意な「右脳人間」の違いなのかも知れません。

当方は、計画設計前の検討段階の「叩き台の絵」を作成しております。
例に上げた1.は、「築地市場を再開発してプランは一般公募の予定」と言う記者会見の記事が有りまして、話題性も有り一足先に当方なりの計画だだ季題の絵を
作成してみました。「テーマパーク」と言う事で、当方なりに従来的で無い自由な発想で策製しました。
築地テーマパーク「食のワンダーランド」というモノだそうです。

今迄「地方衰退問題の解決」などの提言の類いを見ますと、恐らく男(おっさん)達の感覚であれこれ議論しているのだろう。
しかし、衰退の原因は、まず若い女性が東京に出て次に若い男も東京を目指し、やがて町に活気が無くなり若者が減った事に気付き対策を考えはじめます。
若い女性が東京へ出る手段は一所懸命受験勉強をして東京の大学に入ってそのまま東京で人生設計を考える事だろう。
つまり町を捨てるのを考えるのは16、7歳の頃だろう。
ですから、「地方衰退対策会議」のおっさん達の感覚で活性化対策を考えている事が既に的外れなのだと思います。
例えて言いますと、「女性向きの或る商品を売りたい」となれば、女性好みのパッケージに変えたり、女性に訴求する広告を打ったり、
さまざまターゲットに合った感覚で女性スタッフがあれこれ考えるでしょう。
早い話「生理用品」の宣伝会議でおっさん達が考える事は的を得ないのでやら無いだろう。普通はこんな事には早い段階から気付くもんだが・・。
まあ、そう言う事ですね。今迄の対策は全て的外れで効果は無く、現に何十年と地方は衰退し続けている。
正解を書けば、町を「東京よりロマンチックでオシャレな欧州の田舎町」に作り替えれば若い女性はその街に帰ってくるかも知れません。
勿論その町に若い男が沢山住んでいなければ意味無いですが。

日本のどこかに1箇所でも良いから若い女性だけの感覚で自立型の町を創ったらどうでしょう。
その町の学校に通い商業施設も病院も何もかも必要なものは揃えたオシャレな町をどこかにゼロから創っては如何かと思いますね。
或る程度の規模で無い事には説得力を持ちませんからまず3万人程度のこういう計画を国策で進めたら他への啓発になると思います。
勿論長期計画で、次たし次たしでは無くこれを最終的には10万人に増やす最初からトータルな計画で。
こういう計画を早い段階から進めていれば今日のような深刻な状況にはならなかったと思います。
計画内用は、広くプロポーザルで募れば案外一般からのプランの方が専門家?鳥魅力的な計画が有るかも知れません。
日本はとにかくこういう創造的な考えが大変不得手です。専門家なんて居ないのかも知れません。(日本人の左脳感覚)
まず一般人にも分かるような視覚的な絵で示しそれを公開する事で一般社会へ問題意識の刺激になると思います。
今迄何の効果も無かった訳ですから、何でも試みる事だと思います。

世の中は市場原理で動いています。町づくりもまた市場原理で競争が有って「女性に嫌われた町」には明日は有りません。
あらゆる商品やサービスが「客の取り合い」と言って良いでしょう。
そんな中で日本の地方の多くの町は「女性に嫌われる様なまちづくり」をして来て、これで女性が逃げ出さない訳が有りません。
従来の様な役所感覚では無く、民間の商品開発や企画チームの様に「売れる町づくり」を検討しては如何でしょうか。


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