送られてくる宣伝メールの中で
「建築費の概算計算を承ります」というのがあった。いわゆる「積算」というやつであろう。
つまり、「アウトソーシング(外注)でこれを請けます。」という事だが、受注競争で設計内容と合わせ「見積り額」というのは最も肝になる部分だ。社運がかかった秘密の部分でもあろう。
以前、皇居半蔵門の改修工事を入札で他の業者を退け1円で請け負った業者があったという。
むろん、膨大な赤字だがキッチリ仕事をして知名度を上げる目的であろうと思う。
同じく、前の大蔵省の印刷物を破格の値段で請ける印刷業者の事例も聞いた事が有る。
斯様にシビアな部分だが、
果たしてそれ(概算計算)を見ず知らずの者に依頼をするのだろうか?
建築では「構造計算」と並んで「見積り」(積算)というのはそういう知識が要る専門職なのだろう。
ちなみに構造計算というので問題になったのがあの「あねは事件」じゃね。
「何もかもがネットで」というのは、以前から予想している事だが、さすがこれはねぇ??
果たしてうまく行くのだろうか?

ネット時代は、既に黎明期は終わっていると思うが、まだ成熟期でもなくそこへの過渡的段階だと思う。恐らく想像もつかない程世の中はネット中心で回って行くだろう、既にネット広告額は新聞広告を抜いたというし・・。
ニュースもネットで事足りる時代です。近いうちに新聞も「新聞配達」というシステムや事業そのものを変えざるを得ない時が来ると思う。
また個人が放送局を持った様な時代とも言われます。
従来の広告主も自前のサーバーから動画配信でターミネーター8やお笑い番組を見せながらCMを流せば解析で正確な視聴率は把握でき、今迄の様な高額な媒体コストも掛からないのでTV放送局も危ういかもしれない。

以前から、究極は「生産者」と「消費者」の間に「宅配業」があれば世の中が回って行くと考えていた。
「生産者」と「消費者」の間に互いに「どこに」という情報が有れば、成り立つだろうと思った訳だ。
今迄はお互いの存在が分からなかった。
従来からその間に有るのが広告業はじめ、仲介、情報産業などだろう。
それまで存在意味が有った業種は自ずと変革を余儀なくされると思う。
で、そのストレートな情報が今の「インターネット」だ。しかも情報料は基本的には無料。
Webでも間に入って情報の手数料を取るポータルサイトも多くなったが、何れも上手く行ってないようだ。根気よく検索すれば無料で相手とダイレクトに接触出来る訳だから・・。当方も登録してみたが、成果は何も無かった。最初に登録料を取る方式なら関わらない方が良いかも。
またネットでの商品価格は、実際の店舗で買うより安く価格設定されている。専門書やPC周辺機器等を専門店に出向いても揃っていない事が多く当方は殆どネットで購入している。
価格比較comとかも見たりして。「ネット通販」が盛んになる訳だ。

冒頭に有る様な、専門技能や知識をもった者は、毎日会社に通勤してそこで実質8〜10時間勤務するより、在宅で12時間でも作業は出来る訳で、効率はこの方が良い。つまり無店舗販売と同じだ。
交通費支給や福利厚生やヒマな時にも常時給料を払う「社員」を募るより、必要な時にだけ専門家に外注する「パートナー募集」も多くなった様だ。
ネットでより専門性が高い技能や知識を探す本当の競争時代になりつつあるのだろう。
あるレンタルサーバー会社に申し込みの際の不明点をサポートに聞いてみると、回答は毎回夜中の1時だった。サーバー会社は有るのだろうが、通信は自宅からでも可能なのだろう。
お客さんが訪問してくる訳は無いし、サーバー機械はへんぴで殺風景な倉庫に有っても構わない。

昔、大阪は商業の中心地で・・などと言われた。「船場」という地名は、全国から船で品物を集積した事に由来するのだろう。
長い間流通の途中に問屋、仲卸などマージンを取る者が幅を利かせた時代が続いた。「商品を右から左へ動かして利ざやを取る。『商売』とはそういうものだ」という時代は終わった。
お茶が三重県産でも宇治茶、松前昆布は北海道産なのにこれも関西ブランド。そういった流通システムはもう過去のものだろう。

インターネットで世の中は想像以上に大きく変わって行くと思う。
これからのダイレクトな時代では「中間業」など考えず、生産的な仕事に精を出すのが着実と思う。

なげ〜つぶやきだ! twitter50回分になるな これは。
各省庁の概算要求とは、つまり「見積もり」ですな。
毎年年度末になると、予算消化の為か道路工事が多くなります。(道路工事だけが目立つのですが、様々な部署でこういう事が有るのでしょうネ、実際は何も知りませんが。)

庶民レベルで話をしましょう。
仮に1000万の年度予算で、年度末までに800万で済ませたとしましよう。
いままでなら、こりゃ一大事(予算はキッチリ帳尻を合わせない事には一大事なんでしょう、たぶん。余ったら次年度からはその分減らされるかもしれない訳だから)
という訳で、予算消化の勢か年度末に向けて例えば必要でも無い道路舗装のやり直しとかが集中すると言われている。(土建業の為に政治があるのか?)

さて、そこでだぐぁ〜!
なんとか沢山ぶんどりたい側と、要求を一律シーリング(天井)何割カットとかで減らしたい中央という従来的なパターンを変えて、
この場合、「前年と比べ2割減の800万で押さえた訳だから『ごほうび』として100万は好きに使っていいよ、使途は問わない」「節約出来なければごほうびは無し」とすると自ずと予算総額はそれ迄の9割の900万円で済むことになる。こういう節約傾向が毎年続く訳でありマ〜ス。
つまり、この場合は1割税金の節約になるのでありま〜す。
いかがですか?◯◯党の先生がた。  (この案に一票!)(一票!)(一票!)

帳簿数字がキッチリ合う事が良い事ではなく、余る事が良い事のハズで斯様な提案でありま〜す。

あかん、これが実行されると、お役所関係のパース仕事はもっと安くなる。

当方のHPをご覧になってある方からメールを頂いた。
・・「広告制作会社を知っています。必要でしたら、ご紹介しましょうか?」
という内容だ。
自分の行動範囲で実際お会いしての紹介ではなく、ネットで面識も無く紹介という事がいくらか多くなった。数は少ないですけどね。
で、私は「今はネット時代ですから、以前はまったく分からなかった世の中の動きはいくらか分かります。・・
中略
せっかく貴重なお話を頂きましたが、ご返事は今の段階では「はい」とも「いいえ」とも申しません。お話はそのまま止めておいていて頂けますでしょうか?
又相談申し上げる事が有るかもしれません。その節は、どうぞよろしくお願い申し上げます。」
と丁重に返信をしておいた。
そして、この方のHPやブログを拝見すると
「私は以前大型トラックの運転手でした。」から始まって、自動車部品工場勤務、広告代理店就職、現在Web関係の会社を経営されているようだ。
「トラックに乗り、日本全国を走り回り、人生を終える。
それが決して悪い事だとは思いません。しかし、この貴重な人生はたったの一回、・・・
「勉強を重ね、学習することに終わりがない仕事に従事すること」が何よりも自分にあっているのではないかというひとつの到達点に達します。
「人生の出発に遅すぎる事はない」教育訓練給付制度を活用し、デザインの勉強をし、ホームページの勉強をしました。
・・教育訓練給付制度には本当に感謝しています。」
中略
正直なところもっと勉強する時間が欲しいと思えることは幸せなのだと思います。
と、かいつまんで文章を書き出しました。
私は、この方は偉いなぁと思いました。大変な努力されてるんだなあと正直気持ちよさを感じました。
お逢いする事は多分無いでしょうが、ネットがあって知った私にとっては感動もののお話でした。
沢山有る職業の中で、はたしてどれだけの人が「好きだから」と感じて仕事をしているだろうか?
好きな絵描き仕事を続けていられる幸せをあらためて感じた次第です。


少し前だが、ネット上で見覚えのあるストック画像屋さんから電話をもらった。
内容は、「仕事で使用済みの絵をうちに預けませんか」というものだった。
はなからその気は無いが、かなり長時間の営業電話だった。

著作権は描いた者に有る事は聞いているが、現実問題依頼者に「以前描いた絵をここに預けてもいいか」と確認すれば間違いなく返事はノーだろう。
確認せず預けても法的な不都合は無いと言われても、以後依頼者とのパイプを自ら断つことになり、どう考えても利する事は無い。
しかし、ネット時代こういったストック画像屋さんは多くなった。大部分が「フォト」だが1割程度はイラストも有る。
以前入っていたグループでも話題になったが、「どうせ死蔵状態なら2次使用料金がもらえるだけ儲け物」的な考えで預けると、やがて自分の絵の評価はそんなものと宣伝する様なものだから、止めた方が良い」という意見が多かった。
確かに私もそう思った。
私の場合、出版や広告のイラストではなく「仕事を採る為の説明図」なのでやや人ごとでは有ったが・・。
以前から「イラストレーター」とか「作品」という言葉は好きではなかったので、「職人」に徹してそんな言葉は極力使わない様にしてきた。

で、現在そういう人達の仕事状況は芳しくないようだ.というより多くが既に止めてしまっているらしい。
出版業界が芳しくない事以外に前述の破格の値段で並べているストック画像の影響は大きいと思う。並んでいる使用済みの再生品の料金が、今は新品でも「イラストの値段はこんなもの」が定着してしまってもう取り消しは出来まい。自分だけの事なら自業自得という話ですが、「絵」全般の料金レベルをとめどもなく下げてしまった。
「だから言ったじゃないの〜」と言いたい。(言ってはいないが)

別の話では有るが、昔のこういった描き手の絵と比べると明らかに描写力は稚拙だ。というより「描写力」という物差しですらなくなっている。素人さんと区別がつかない。

もう、昔の様な絵の文化は再び芽生えないと思っている。

ちなみに、当方が憧れていた描き手は
ノーマン・ロックウェル (アメリカの国民的画家という存在)

ジル・エルブグレン (ピンナップで有名)

やはり、すべて撮影写真を見ながらの制作らしい。どれを見ても堂々とした仕上がりだ。
昨今見飽きたフォトリアルな3Dパースより、描いた絵筆の跡があるこういった絵が好きです。
当方は現在パース屋では有りますが、他とは違って本質はこういった分野の人間であります。


ひと月前の知人の書き込み(ぼやき)からの引用抜粋ですが、

#近世の日本は(他の国もそうだろうが)時代の発明性は充分と見て 
発明の切り売り、つまり「流れ作業」「効率」にのみ舵を執りっぱなしにしてきた。 
発明だけが大事で流れ作業は下らんとは云わない(いや、やっぱ下らないか)。 
でも、 
発明とその大量金太郎アメ化のバランスでいうと 
金太郎飴の量に対して発明の総量の断然希薄な比率になってしまってる。 

この辺りの話になると私も黙ってはいられない。
以下が当方の書き込み

「発明」というより、「創造」ね。 
「創造」に関して外国並みの評価がされれば、◯◯さんなんか今頃大先生だったですね。 
まあ、絵の話は置いといて、たとえば身の回りのパソコン周辺ね。 
これらはみんなアメリカを初めとした発明品でしょ? 
戦争の大砲の弾丸軌道の計算に始まった真空管コンピュータから、各種ソフト、インターネット、検索エンジン(クローラロボット)などなど 
みんなあちらの発明品ですわね? 
今でこそ日本もちょこっとはソフトを開発したりしてる様ですが、もし先を走るその存在が無かったなら、横並び癖の日本では未だにこういったモノは発明できかったでしょうね。 
「創造」を尊ばない国民性。これでしょう。 パクリは犯罪だべ!
創った人への感謝はさらさらも無い。

青色ダイオードを発明しても、報酬はわずかな社内規定でごまかしてしまえば裁判にもなる事が会社は分からなかったのだろうか? 
名も無い小さな会社が大会社になったのはこの方のおかげなのに・・。 
日本が嫌になってアメリカに行ってしまう気持ちが分かりますよ。わたしでも 
しっかし、こういう事をここで話していても何の意味も無く、空しくなるばっか。私もぼやきたくなります。 

付け足しですが、巨大なそろばんの玉の様に並んだ「真空管コンピュータ」はよく球が切れて急いで取り替えの必要がある為、ローラースケートを履いた係りが走り回って動作維持したそうです。いかにもアメリカらしい

最近よく言われる事ではあるが、当方も漢字がすんなり出てこない事が多くなった。

風邪を引いて受付カウンター等で、「どんな症状ですか?」と言われ用紙に簡単に症状を書くのだが、多くの漢字がすんなり浮かばない。・・恥ずかしい事なんですが。
読む事はあっても、書く事が極端に少なくなったからでしょう。
キーボードのローマ字を打つ生活が多くなってからでしょうね、こうなったのは。
脳の回路が、「読む」だけを使って、「書く」(漢字をイメージする力)が使われない為の症状でしょう。おそらく。或は既にボケ始めたか・・(笑
このままいくと、やがて小学生にも負ける漢字書き取りレベル。もともと低いレベルなのに。
いや既にそのレベルか・・情けない。
辞書を使う事もなくなった。PCで安直に漢字が判明するからだ。
また本や、新聞を読む事さえ少なくなった。幸いネットだけは見ているため、辛うじて読む力だけは現状を維持できているようだが・・。

難しい漢字が並ぶ中国でのこれに関する事はどうなんでしょうか?
やはり同様だと推測しますが・・。
私たちからすれば、ただでさえ難しい沢山の文字をすべてイメージするのは、大変な事だと思うのですが。





もう何十年も前の話で恐縮ですが、ある広告制作から、「パンフレット用の完成予想図を描いて欲しい」という事で、支給された資料をもとにパースを作成しました。
で、半年程だったか経って新聞に小さな扱いですが当方が作成したと思われる絵の写真が載っていた。
詳しくその内容を読むと、問題の事業者が神田に各種学校の開設計画が有り出資金を集めていたのか、要するに計画が着実に進んでいるという「視覚的な説明」に使われたらしい。事実はそれが頓挫したのか、元々根も葉もない計画だったのか迄は、覚えていませんが・・。

数年前にも、ある依頼者に呼ばれ京橋まで出向くと、オーストラリアに棲む鳥だかから抽出したエキスを精力剤?だか健康サプリだかに加工して、商品を販売している業者?でその販路開拓?の目的らしいが、依頼内容は資料を元に「オーストラリア大使館だかでの商品説明風景を描いてほしい」」というものだった。写真が有るならそのまま載せればいいじゃないの?
小さな瓶に入ったその商品も見たが、いかにも"怪しい"そのものだった。
アホらしいので、他の予定がその後あると言って帰ってきましたが。

このように、パースというものは得てして詐欺まがいに使われやすいと経験上思いますね。

最近スタイルシートなるモノの勉強を始めた。

絵描きがこんな事まで覚えようとは・・思いもしませんでしたね。

HPを更新管理をする上で避けて通れないからだ。時代遅れのHPではまずいですしね。      ・・覚えにゃならんのよ〜嫌でも。
HTMLやらCSSやW3C準拠からはたまたXHTM・・スクリプトまではいじれませんが、ときどき使う。いや、Javaスクリプトも文法上ちょこっと書き換えたりはする。

そしてMTと次々訳の分からない事もイモヅル式に覚えにゃならない事が湧いてくる。

あるビジネス関連のメールのどこかに書いてあったが、
「ダーウインの進化論では、その時代の変化に適応出来る者だけが生き残って行く」のだそうだ。

広告代理店などは、当初広告のインターネットへの流れを侮っていたようだ。
程度の差こそあれ毎年深刻な前年度割れ-20%前後は今後も続くらしい。
昨年夏、ある広告会社が「今後5年間のマス4媒体の規模は今の半分とみている」と発表している。この予測で収まる保証はない。
既にもう取り返しがつかない感も有るように感じますが・・。

新聞社も半日遅れの情報を新聞紙に載せて配達は時代遅れと見て今後を模索をしている様ですし・・。

今は、ビジネスでも生活でもものすごい勢いでインターネット化が進みあらゆる事で、前述のHTMLの知識は必要の様だ。 ・・以前から感じてはいましたが。
まあ、ずいぶん前から学校の授業でもHTMLは習う時代だそうですから・・。

そういえば、当方はパース屋だがホームページの相談という話がごく稀に有る。全くの素人さんでも仕事上でHPぐらい無いと具合が悪いんでしょう・・きっと。

消えていかざるを得ない事、これから盛んになる事、5年位先は何となく分かるが、その先世の中はいったいどうなって行くんでしょう。


購入してまだ2年も経たないMac Proという機種だ。
作業中に、勝手に再起動してしまう事が1ヶ月ほど前からはじまり、まずい事にそれが徐々に頻繁に起きるようになってきた。胸さわぎ・・。
コツコツ3Dの形状作成をやってる途中なら、これは痛い。
特に朝、起動直後が顕著だ。再起動を2度3度くりかえし・・。ますます胸さわぎ。
旧い機種ならあきらめもつくが、この機種でもう不具合かよ〜!勘弁してくれよ〜

で、まずネットで同様な症状が無いか、検索してみた。「Mac Pro 勝手に再起動」
有る有る。ブログ記事だが一応読んでみた。
「勝手に再起動がはじまった。そろそろ中の掃除をしましょうかね」とあった。

次に、Appleサポート。
症状を話すと、「ブログの記事は当てになりません」「OSアップデート、PRクリア、電源をいったん抜いて再起動を試してください。」とのアドバイス。
やってみたが、直らない。
で、翌日また電話さぽーと。「(アーカイブ保存で)OS入れ直し、アップデートを試みてダメなら修理を承ります。」ときた。サポートさんにはいつも助けて頂くありがたい存在なのだが・・。
マジかよ〜
それでもまだ直らないので、ブログの記事を思い出し、機械のフタを開けて中を見た。

驚く事に、すごい誇り、いやホコリ。ワタボコリ。マシンが大きいので机の下に置いてあるからね〜
これには驚いた。G4ではファンがうるさく回っていたが中のホコリはほとんど無かった。
新型のこっちはほとんど無音なのでホコリなど全く気にせず、今まで中を見る事は無かった。
音は静かだが、CPU等を冷やす為に空気を吸い込む量は格段に多いようだ。
これを掃除機で丁寧に吸い出すと、問題の不具合はなくなった。

あのブログの記事は正しかった。
その書き手は、おそらく勝手に再起動が始まると、ホコリがたまっている事をご存知だったようだ。
今後はボンベ式のホコリを吹き飛ばすやつを常備しておこう。

ブログの記事を侮る事なかれ!だった。

年が明けました。
未曾有の不景気(私には100年に一度などと多分にマスコミ等があおった感が有りますが・・そのアナウンス効果も少なく有るまい)も1年が過ぎました。
正月2日は、駅伝がスタート。今日も復路を走っています。
でテレビ中継を見てますと、沿道の景色が映ります。
普段見ている景色なんですが、
駅伝中継のTV画面で客観的に見ると、海外のマラソン中継は美しい町中を走る映像に比べてハッキリ見劣りがします。
駅伝で黒人選手が走っている国際的イメージに対比してなんと不似合いな背景かと毎度思うのは私だけでしょうか?
当方HPには「住環境の国際比較」なるものを少々書いてますが、
http://www.presen-cobo.com/tosikeikaku/

#「ネットで調べますと、日本で「都市計画」を考えるビジネス、研究する大学研究室、考察するWebサイト、シンポジウムは思いの他多かった。
にも拘らず、日本の現状と海外との差は歴然です。この点に付いて多少の不満意見は見掛けるものの特別多くの不満の声は聞こえない。
都市研究はどれも徹底して文章ばかり・・。的を得てるのだろうか?? 絵で示せば一目瞭然なのに・・どう考えても理解ができません。」
などと書かせて頂きましたが・・。

デザインに於いて、欧米人と東洋人には決定的な能力の差があるのだろうか?
いや、そうでは有るまい。欧米でなくとも近場でもシンガポールの町並みは美しい。
では何が・・。やはり「絵心」でしょうね。
お隣の中国でも我々に比べ「絵」がうまい。我々は「世界一絵に興味が無い国民性」だと思う。
電柱、電線、看板などが有っても気にはならない。花より団子。そういう気質なんだろうと思う。
この気質というモノは、簡単には変わるまい。
昔、「日本は日出ずる国」とか言われて戦後の急成長で世界的な国になったそうですが、近隣の国々の街の景色がどんどん変わって行くのに対して、この気質が私たちの国のこれからに大きく拘ると思う。 


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