早いもので、もう1年になりました。
凡そこの手の日記らしきものは、自分には不向きです。
始めるにあたっての解説書には、つまらない内容は書くな!例えば
"昨日は部長と久しぶりのゴルフ、空は快晴でスコアもすこぶる良かった"などという内容は他人が読んでつまらない。こういった内容は意味が無いとの事でした。
その点は、心した勢か、さほどつまらない内容にはならなかったのではないか。

しかし、これからのおもしろいネタが無い。相変わらずいつまでもつ事やら・・。

ま、出来る所まではやりましょう。中身は濃いで〜 (←うそうそ)

先日、駐車場のマイカー下にオイル漏れを発見。
早速ディーラーに持ち込んで看てもらうと、パッキンが劣化して緩くなっているそうだ。
暑さも関係してるかもしれないとの事。

幸い、オイルは充分に残っていたので漏れの量はまだ少ないようだ。

しかし話に依ると、規模は尋常ではなく、あちこちのゴム部分が一斉に劣化してエンジンだけでなく、ギア部分やら冷却水関係など様々な箇所を修理の必要があるらしい。
最初はオイル漏れ程度だからと高をくくっていたが、金額的には修理するか買い替えるか迷う規模である。部品より工賃が大きいようだ。

で結局、部品を取り寄せお盆開けから1週間の修理となった。
修理を選んだがこの後他の修理箇所が出てこなければ良いが・・。

或る日の朝、電話でパース制作依頼があった。
内容を聞いてみると、そのお宅のすぐ南側に大きなマンションが建つ計画で、建つと日中日陰になる。建設反対のアピールの為のパース制作を依頼したいという話だった。
で、数日後カメラを持って現地に行ってみるとなるほど境界線の南側に大きなマンションが建つようだった。
しかし、この依頼者のお宅は、建物から1m半南が境界線で、つまり、境界から間地ブロックを2m程積んだ上に南向きに切り妻型でギリギリ建物が建っている。まだ築5〜6年だろうか。
間地ブロック上に1m強の水平コンクリートを境界線まで突き出してそれを庭としているのである。現況、境界線の南側は、自動車教習所だったらしく日当りは良い。マンションが建つと上から掃き出し窓の中が丸見えになりそうだ。日も射さず,終日レースカーテンを閉めて暮らす事になりそうだ。
用途地域は、準工業用地だという。
私は黙っていたが、この物件を購入した依頼者にミスが有った様に感じた。
準工業用途地域の住宅、敷地の南側ギリギリに建った住宅をうかつに購入した事など、最低限の基準法も頭に無かったという事が災いしたようだ。
法的に訴える根拠は無さそうだ。

日本の場合、用途制限が最も厳しい1種住居専用地域であっても、住宅地の中に食べ物屋が出来ても行政は及び腰だ、世田谷辺りの静かな住宅街の中の目立たない"しもた屋"でフランス料理を食べさせる店が流行?だが特に問題とは思わない。が、ラーメン屋が同じ様な条件の場所に出来れば、違法という不満は近隣から出るだろう、どこで線引きをするかです。つまり規則でダメなものは全部ダメでないと規則にはならない。
以前、ニュータウンの1種住専の中にフランス料理店や、ゴーカート販売店が出来て、当該近隣の建築協定地区の代表者(本当はウソ)だがといって「これはどういう事か」と区役所に確かめに行った事が有る。
で,区の担当課長は『食べ物屋が出来てもトイレを2Fにしたりして床面積をごまかせば可能なんです。」「じゃあ、ゴーカート販売店は?」と聞くと、うやむや・・
法を遵守しない者を取り締まるというつもりは更々も無い様に感じた。
これとは違いますが、行政のチェック迄を1期工事、検査後の施工を2期工事とする事例に遭遇することもあった。違法に建てても「住んでしまえばこっちのもの」という話がある。

事程左様で外国とは違って都市無計画な国ですから、また都市計画の意識すらしっかり無い国民性ですから、このマンション建設反対問題は何も解決しないと感じましたね。
このマンション業者は、文化事業でも慈善事業でもなく儲ける事業をしている訳で、斜線制限の範囲内で目一杯建物を建てて利益を上げる予定なんですから・・。日本の建築基準法には人の土地に建物の影を落としてはならないという規則は残念ながら無いです。いやこれは世界にも無いかもしれない。

都市計画概念も、人の意識も何故こうもめちゃくちゃな国かと嘆かわしくなります・・もう諦めていますが。
世界はこうなんですけどね。http://www.presen-cobo.com/tosikeikaku/

しかし、ご本人は、「パース画を入れた横断幕を駅に貼って反対運動をするのでマンションで全部日陰になった我が家を描いて欲しい」という事で、お引き受けしました。

その後の経過は知りませんが。

Yahoo!JapanがGoogleの検索エンジン採用を発表

半年前、米Yahooは、検索結果をBingに切り替えると発表した。
Yahoo Japanもこれにならって来年辺りBingに切り変わると思ってた。
ところが、
新聞によるとYST(Yahooのロボットの意)からGoogleへ年内には切り替わるとのこと。
ありえない事が起きる。博報◯が電◯の知恵を借りる様なもんだ。
もう内部はボロボロだったのでしょう・・・

以前から、Yahoo!の検索順位はエレベーターの様に上下して、評判は悪かった。
また、Yahoo!の検索ロボットは、各HPの深い階層まで見ることが出来ないとも言われていた。
性能が悪いという事でしょう。
Yahooの性能のお陰で商売になったSEO業者も多いと想像する。

当方も 9/10/12 Yahooにメールを出した。 10-4-9 SEO対策
で、これに関する事を書かせてもらった。
また、「検索上位に上げて欲しいなら、ヤフカテ審査料52,500円(サプリ通販などは15万なんぼ)を払え」言わんばかりの立場を利用した丸儲けシステムも大手エンジンでここだけだ。不満だったが止むなく払った。

しかし,素人さんや女性の間ではYahoo人気は高かった。不思議だったですね〜
これからは、この人気も下がって行く事でしょう。

戦時中、"生めよ増やせよ!"というかけ声が有ったそうな。
戦争を20年以上も続けるつもりだったんかいな。狂ってましたな
いや,今もそういう国は有りますが・・例外的に

"子供は国の宝"とは今でも時々言われます。
確かに子供の数が減った国は希望が持てない。

これから発展する国は、インド、ブラジル、あと一つはどこだったか
その訳は、今後人口が飛躍的に増えるからなのだそうだ。

話は違って、最近はゴミを分別する程純度の高い「資源」になるそうで「分別」はどこでも盛んだ。
で、「創造力」こそが資源でなくてはならないのではなかろうか?

PCの発明は以前にも書いたが、ipadという商品や「グーグルアース」などまさにドラえもん的発想力から生まれると思う。(こういうものをどんどん発明する「かの国」では発想力を馬鹿にしないようだ)

携帯電話は一旦発明されると日本中の会社が改良して似た様なものを作る.が,その枠からは出ていない。

新しい発想は,毎度海外からだ。
こういう事(創造力)こそが資源と思うのですが。


近くに止めた車のナンバーを警察に通報されたらしく、後で交番のおまわりさんが来てしまった。


「当方は、建築パースというものを制作していまして、それに使う庭木の写真を集めていた所です。」と説明して撮影したカメラのモニターを見せて一件落着でしたが・・

おまわりさんいわく、「あの街区は一度泥棒に入られ、町内の目が厳しいんです」と笑いながら話してましたが、

「断って撮った方が言い」と言われても、それも大げさですし・・


一般に公園の樹木は樹が重なっていたり他の樹木の影が入ったりで、以外とベストな撮影場所ではない。

むしろ、道路の街路樹や庭木を空をバックに撮ると切り抜きの手間要らずでベストなんです。


これ以外に、「人物の写真」というのも苦労しますね。やはり少し望遠で撮った方が無難だと思います。

撮影場所は、近所ではなくそれぞれよそ行きの身なりの男女というのが絵になりますね。

もっぱら六本木の話題のスポットで撮ってましたが、最近は事足りてもう撮りには行かなくなりました。

スタジオで撮影してパース用途に販売していますが、こういう写真は繁華街などでなにげない仕草の人物を撮って集めた方がいい様に思います。


プレゼン工房のHP

という様な題名の本をだいぶ前に読んだ。題名はうろ覚えで定かでは有りません。
感想は、「かくかくしかじかで現在に至って、まだ完成を見ていない」という内容でしたが、私にはどう見ても失敗というか「「計画しなかった」」と感じました。
つまり、都市計画デザインという事そのものが不得手なんだと感じます。
明治このかた「魅力ある都市デザインを望む事が無かった」ではなかったんでしょうか?
素人がここで書いても意味が有りませんが、近代の都市計画は文明開化の明治から始まった訳ですが、これはイギリス、ドイツの都市計画家に依るもので、(大手町から新橋、国会議事堂辺りですが)日本人自らのものではないという事から、そういうデザインというものが日本人は不得手なんだと思う。
ですから、新しくデザインを考えるという事は無かったでしょうし、作成してもまず地権者の合意が得られない。それが動機を阻害する。都市の計画以外でもこの「地権者」の同意というものがネックになり計画が実行されないのが多くの事例かと思います。土地に対する根強いこだわりが計画を妨げているんでしょうね。説得には海外の魅力的事例を見せる方法も有りますが、なんと言っても国民性がネックでしょうね。・・・・ブログで書く題材じゃあないですな。ここまでで保留!


「創造性」とは何か。
一言で言えば、「夢見る事」だと思う。
ただ夢想する事は現実金にはならない。
ドラえもんの中の「のび太くん」がお母さんに、「夢みたいな事ばっかり考えてないで今度の試験で又0点だとあんたの将来に夢は無いわよ!」
概ねこれ式だろう。
夢想する事で大金持ちと迄は行かなくても、理想に近い暮らしが叶うケーススタディーがあれば、どこの親もそういう方面も勧めるだろう。社会も認めるだろう。

石川遼が活躍するから、「ゴルファーを目指すのも良かろう」となる。

「夢見る会社」が毎度高収益で、株価がうなぎ上りとなれば、評価もするでしょう。
現状、そういうケーススタディーがない。日本には。

先にも書きましたが、これからますます創造性が競争力である事は明らかだと思う。
東洋だけで見ても、日本が創造性を得意とする国とはとても思えない。

海外のパースはどうだろう。
うまいだけでなく、その想像力、発想、テーマという点で見ても同様だ。
日本のパース屋のサンプルはただ箱が並んでいるだけ、夢も何も無い。

知り合いからの話ですが、1年半営業をしていたコンビニ店が突然閉鎖だそうだ。
店舗のオーナーは、はじめてのチャレンジで、この1年半の間にこの事業にそこそこ投資をして、そこそこの借金を作ってしまったらしい。
夫婦二人(アルバイトもいるが)で24時間働いて実入りはゼロどころか、借金を作って閉店のようだ。
期日迄に売り上げの中のある割合の額を本部に納められなかったらしい。
世間話では、「利益の半分は持って行かれる」というのはよく聞く話では有るが・・。
何でしょうね,原因は。本部との契約がキツいのか、立地が良くなかったのか・・。
賞味期限切れの商品は、廃棄して全部オーナーが負担するんだそうだ。
そういえば、駅前の角地に開店した別の店も,わずか半年で閉店した。かなりの設備投資をした様に見えるが、売り上げが目標に達しないと見るとサッと撤収という事を繰り返しているんでしょうね。業界は。
まあ、厳しい業界の様ですな.競争相手も多いし。
購入者というパイは一定の中、いや消費低迷の中で、コンビニ経営に手を出して大やけどという話です。

元オーナーは今は、パソコン教室に通ってPCスキルを習得中だそうな。

よく、日本社会は横並びで均質を好むと言われます。
バブル崩壊以降多少差が開いたとはいうものの、給料は大体同程度,銀行の頭取だって普通より多いでしょうが(昔、大銀行の頭取が銃で撃たれたという事件が有って、ニュース画面を見ましたが)やはり普通の"しもた屋"にお住まいの様だ。
ビルゲイツや、マイケルジャクソンなど・・と比べれば、ふつうです。

が、創造性や`パソコン適応力や・・は大きな個人差があって、数値化すれば桁違いな程の差だ。
以前或る広告制作会社の社長さんに「実は私は一切パソコンが使えない」と吐露されたんですが、概して男より女性の方が若干適応力があると感じてはおり、その個人差たるや大きなものが有ります。しかもそれで済んでいる。

創造性に関しては、小学生低学年レベル(いや低学年以下かも)の人もいれば、職業として「想像力」を武器にしている人もいる。日本では極めて少ないし、評価も不当に低いと思いますが。
物事の説明手法も文章至上主義で他の手法は発想の中には無い。

これに関して分かりやすい例に出すのが、PC、インターネット関連の発明だ。

もしこういうものが存在しないとしたら、果たして日本で考案出来ただろうか??
無い所から造り出す事が「創造」です。
最初に作ろうという話し合い場面で、提案してもまず却下でしょう。発明しようとする芽を摘んでしまう土壌なのだと思う。

以下、決して大きな事を言いたがりでは有りませんが、
中略
が、人の能力はそれだけでは有りません。
作家の堺屋太一さんは、「あの人達は試験に良い点を取る事に優秀な人たちで、創造性という物差しで計る事は評価の外なんです」という内容を話しておられました。
すべからく、日本社会ではこういう物差しで出来ています。
頭が良い、人物が優秀という事の物差しが「試験でいい点を取れるか否や」の一辺倒は如何なものか?
だから、発明や創造が生まれない。他で創られたものを真似る、利用するのみ。
無論、創造性の無さへの羞恥心などは無い。
もっとも創造性を数値で計れといっても無理が有りますが・・。
もし仮に発明国が,PCやネットのシステム技術を一切海外に持ち出し禁止としたら・・と考えたら発明や創造の意味が良くわかります。

中国社会はパクリが常習でミッキーなどのキャラクター、日本の工業製品ブランド・・がパクリで・・などとマスコミでは取り上げられますが、これは戦後間もなくの日本と似ているのではないでしょうか。
現在の我々は、パクれば結局大きな不利益と分かっている為しないだけで、「創造性の大切さ」という点の無関心は日本と中国に如何程の差があるだろうか。
日本社会においても立場上、パクっても問題になる事が無いという場合ならパクるというのが本音でしょう。
両国の差は「パクれば結局大きな不利益」と分かっているかどうかの差では無かろうか?決してモラルの差では無い様に思います。あちらからの回し者では有りませぬが。
この「創造性」という観点での国際比較をしたら、果たして日本は優秀な国だろうか?
これで日本の将来が分かると言ったら大げさですが・・。
「創造性」が最も大切という物差しを重視していく事が、これからの社会で重要な事だと思う。会社の命運もある種の創造からではないだろうか?良く知りませんが。
早晩、国際的な競争という事からもそうならざるを得ないと思いますが、・・私には差し迫った事ではないのでどうでもいいか。

評価をしない「創造性」という能力には大きな個人差があるという話です。




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