10-2-13 創造性の無さのぼやき

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ひと月前の知人の書き込み(ぼやき)からの引用抜粋ですが、

#近世の日本は(他の国もそうだろうが)時代の発明性は充分と見て 
発明の切り売り、つまり「流れ作業」「効率」にのみ舵を執りっぱなしにしてきた。 
発明だけが大事で流れ作業は下らんとは云わない(いや、やっぱ下らないか)。 
でも、 
発明とその大量金太郎アメ化のバランスでいうと 
金太郎飴の量に対して発明の総量の断然希薄な比率になってしまってる。 

この辺りの話になると私も黙ってはいられない。
以下が当方の書き込み

「発明」というより、「創造」ね。 
「創造」に関して外国並みの評価がされれば、◯◯さんなんか今頃大先生だったですね。 
まあ、絵の話は置いといて、たとえば身の回りのパソコン周辺ね。 
これらはみんなアメリカを初めとした発明品でしょ? 
戦争の大砲の弾丸軌道の計算に始まった真空管コンピュータから、各種ソフト、インターネット、検索エンジン(クローラロボット)などなど 
みんなあちらの発明品ですわね? 
今でこそ日本もちょこっとはソフトを開発したりしてる様ですが、もし先を走るその存在が無かったなら、横並び癖の日本では未だにこういったモノは発明できかったでしょうね。 
「創造」を尊ばない国民性。これでしょう。 パクリは犯罪だべ!
創った人への感謝はさらさらも無い。

青色ダイオードを発明しても、報酬はわずかな社内規定でごまかしてしまえば裁判にもなる事が会社は分からなかったのだろうか? 
名も無い小さな会社が大会社になったのはこの方のおかげなのに・・。 
日本が嫌になってアメリカに行ってしまう気持ちが分かりますよ。わたしでも 
しっかし、こういう事をここで話していても何の意味も無く、空しくなるばっか。私もぼやきたくなります。 

付け足しですが、巨大なそろばんの玉の様に並んだ「真空管コンピュータ」はよく球が切れて急いで取り替えの必要がある為、ローラースケートを履いた係りが走り回って動作維持したそうです。いかにもアメリカらしい


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