佐藤 繁: 2010年2月アーカイブ

少し前だが、ネット上で見覚えのあるストック画像屋さんから電話をもらった。
内容は、「仕事で使用済みの絵をうちに預けませんか」というものだった。
はなからその気は無いが、かなり長時間の営業電話だった。

著作権は描いた者に有る事は聞いているが、現実問題依頼者に「以前描いた絵をここに預けてもいいか」と確認すれば間違いなく返事はノーだろう。
確認せず預けても法的な不都合は無いと言われても、以後依頼者とのパイプを自ら断つことになり、どう考えても利する事は無い。
しかし、ネット時代こういったストック画像屋さんは多くなった。大部分が「フォト」だが1割程度はイラストも有る。
以前入っていたグループでも話題になったが、「どうせ死蔵状態なら2次使用料金がもらえるだけ儲け物」的な考えで預けると、やがて自分の絵の評価はそんなものと宣伝する様なものだから、止めた方が良い」という意見が多かった。
確かに私もそう思った。
私の場合、出版や広告のイラストではなく「仕事を採る為の説明図」なのでやや人ごとでは有ったが・・。
以前から「イラストレーター」とか「作品」という言葉は好きではなかったので、「職人」に徹してそんな言葉は極力使わない様にしてきた。

で、現在そういう人達の仕事状況は芳しくないようだ.というより多くが既に止めてしまっているらしい。
出版業界が芳しくない事以外に前述の破格の値段で並べているストック画像の影響は大きいと思う。並んでいる使用済みの再生品の料金が、今は新品でも「イラストの値段はこんなもの」が定着してしまってもう取り消しは出来まい。自分だけの事なら自業自得という話ですが、「絵」全般の料金レベルをとめどもなく下げてしまった。
「だから言ったじゃないの〜」と言いたい。(言ってはいないが)

別の話では有るが、昔のこういった描き手の絵と比べると明らかに描写力は稚拙だ。というより「描写力」という物差しですらなくなっている。素人さんと区別がつかない。

もう、昔の様な絵の文化は再び芽生えないと思っている。

ちなみに、当方が憧れていた描き手は
ノーマン・ロックウェル (アメリカの国民的画家という存在)

ジル・エルブグレン (ピンナップで有名)

やはり、すべて撮影写真を見ながらの制作らしい。どれを見ても堂々とした仕上がりだ。
昨今見飽きたフォトリアルな3Dパースより、描いた絵筆の跡があるこういった絵が好きです。
当方は現在パース屋では有りますが、他とは違って本質はこういった分野の人間であります。



ひと月前の知人の書き込み(ぼやき)からの引用抜粋ですが、

#近世の日本は(他の国もそうだろうが)時代の発明性は充分と見て 
発明の切り売り、つまり「流れ作業」「効率」にのみ舵を執りっぱなしにしてきた。 
発明だけが大事で流れ作業は下らんとは云わない(いや、やっぱ下らないか)。 
でも、 
発明とその大量金太郎アメ化のバランスでいうと 
金太郎飴の量に対して発明の総量の断然希薄な比率になってしまってる。 

この辺りの話になると私も黙ってはいられない。
以下が当方の書き込み

「発明」というより、「創造」ね。 
「創造」に関して外国並みの評価がされれば、◯◯さんなんか今頃大先生だったですね。 
まあ、絵の話は置いといて、たとえば身の回りのパソコン周辺ね。 
これらはみんなアメリカを初めとした発明品でしょ? 
戦争の大砲の弾丸軌道の計算に始まった真空管コンピュータから、各種ソフト、インターネット、検索エンジン(クローラロボット)などなど 
みんなあちらの発明品ですわね? 
今でこそ日本もちょこっとはソフトを開発したりしてる様ですが、もし先を走るその存在が無かったなら、横並び癖の日本では未だにこういったモノは発明できかったでしょうね。 
「創造」を尊ばない国民性。これでしょう。 パクリは犯罪だべ!
創った人への感謝はさらさらも無い。

青色ダイオードを発明しても、報酬はわずかな社内規定でごまかしてしまえば裁判にもなる事が会社は分からなかったのだろうか? 
名も無い小さな会社が大会社になったのはこの方のおかげなのに・・。 
日本が嫌になってアメリカに行ってしまう気持ちが分かりますよ。わたしでも 
しっかし、こういう事をここで話していても何の意味も無く、空しくなるばっか。私もぼやきたくなります。 

付け足しですが、巨大なそろばんの玉の様に並んだ「真空管コンピュータ」はよく球が切れて急いで取り替えの必要がある為、ローラースケートを履いた係りが走り回って動作維持したそうです。いかにもアメリカらしい


最近よく言われる事ではあるが、当方も漢字がすんなり出てこない事が多くなった。

風邪を引いて受付カウンター等で、「どんな症状ですか?」と言われ用紙に簡単に症状を書くのだが、多くの漢字がすんなり浮かばない。・・恥ずかしい事なんですが。
読む事はあっても、書く事が極端に少なくなったからでしょう。
キーボードのローマ字を打つ生活が多くなってからでしょうね、こうなったのは。
脳の回路が、「読む」だけを使って、「書く」(漢字をイメージする力)が使われない為の症状でしょう。おそらく。或は既にボケ始めたか・・(笑
このままいくと、やがて小学生にも負ける漢字書き取りレベル。もともと低いレベルなのに。
いや既にそのレベルか・・情けない。
辞書を使う事もなくなった。PCで安直に漢字が判明するからだ。
また本や、新聞を読む事さえ少なくなった。幸いネットだけは見ているため、辛うじて読む力だけは現状を維持できているようだが・・。

難しい漢字が並ぶ中国でのこれに関する事はどうなんでしょうか?
やはり同様だと推測しますが・・。
私たちからすれば、ただでさえ難しい沢山の文字をすべてイメージするのは、大変な事だと思うのですが。






もう何十年も前の話で恐縮ですが、ある広告制作から、「パンフレット用の完成予想図を描いて欲しい」という事で、支給された資料をもとにパースを作成しました。
で、半年程だったか経って新聞に小さな扱いですが当方が作成したと思われる絵の写真が載っていた。
詳しくその内容を読むと、問題の事業者が神田に各種学校の開設計画が有り出資金を集めていたのか、要するに計画が着実に進んでいるという「視覚的な説明」に使われたらしい。事実はそれが頓挫したのか、元々根も葉もない計画だったのか迄は、覚えていませんが・・。

数年前にも、ある依頼者に呼ばれ京橋まで出向くと、オーストラリアに棲む鳥だかから抽出したエキスを精力剤?だか健康サプリだかに加工して、商品を販売している業者?でその販路開拓?の目的らしいが、依頼内容は資料を元に「オーストラリア大使館だかでの商品説明風景を描いてほしい」」というものだった。写真が有るならそのまま載せればいいじゃないの?
小さな瓶に入ったその商品も見たが、いかにも"怪しい"そのものだった。
アホらしいので、他の予定がその後あると言って帰ってきましたが。

このように、パースというものは得てして詐欺まがいに使われやすいと経験上思いますね。


際立ってではないが、何年か前から電話が鳴って受話器を取ると音声テープ(正確には今時はテープではないんでしょうが)が・・と言う事が少し増えてきた感じがする。
これをまともに聞く人がいるのだろうか?

私はこの「録音メーッセージ」というのはとても不快な感じがする。(ナメとんのか?と言いたいが言っても意味無いモヤモヤ)
「迷惑メール」というのはありますが、それより、この「テープセールス」の方が格段に迷惑だ。
電話が鳴るので、乗ってる仕事の手を止め、中座して電話口に出ると「又か」ではホント迷惑。
掛けてる者が人間でないのなら、FAXかメールでいいのではないか?
又、自動で送られて来る宣伝FAXも少し増えた。
これらは、営業目的なのにマイナス効果しかない様に思うけどなぁ・・。

一頃多かったア◯コの保険セールス(かつては10日に10回も有った)は最近無くなったが、まあ電話のセールスの迷惑はメールの比ではないと思うのだが、如何でしょう?
保険はどの会社も同じような業態であそこだけ突出してテレビCMをやたら流したり、しつこい営業電話にそれなりの経費を掛けて、その分が保険者への補償額が削られるのではというのが素朴な疑問だが・・。どうなんでしょう。
本来、「出来るだけ経費を押さえてその分を運用に回して増やす」というのが本筋と思うのだが・・。

あれ、「迷惑電話」の話だったのに。



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